『湖のヒ・ミ・ツ☆』


少年の兄は、周囲から変人扱いされていた。

 

そうであっても少年、二階堂博之(にかいどう ひろゆき)は、自分の兄のことを嫌いになるわけでもなく、むしろ尊敬していた。
その兄は昔からマイペースであり、周囲から何を言われようとも自分のやりたいことや考えを曲げたりしなかった。
それが周りの人間に迷惑をかけているわけでもなく、ただ自分の自由を楽しめるという、倫理や社会性にそれなりのバランス感覚を持つ人間なのだった。
そんな兄のことをすぐ近くで見ていた博之だから、自分もそうありたいと思っていたのだが。
そこはそれ、どうしても彼個人の資質素養も深く関わるわけで。

そして結局博之は、周りからあまり注目されない、地味な少年になってしまった。

 

さて、今回はこの、博之少年が主人公。

彼の身に起こった、奇妙な話。

 

 

 とある夏の暑い夜のこと。
 博之少年は、しょんぼりとうなだれながら、とある湖の畔を歩いていた。
 彼は中学2年生、別段なんの取り柄もなく、人より秀でているといえば、いまどきあまり自慢もできないそろばんの腕前くらい。もちろんそんなそろばんだって、今回のお話にはなんら影響しない。そろばんで鍛えた計算能力が世界の危機を救うわけでもなく、はたまた悪の魔王がその足元に忍び込んだそろばんに足をとられて転ぶ、なんて演出もないわけで。そうするとこの博之少年は、本当にまったく、何のとりえも無いただの中学2年生、ということになる。
 さて、そんな少年が、なぜしょんぼりとうなだれているのか、そして、なぜ湖の畔にいるのか、というポイントの説明をしよう。

 彼の部屋に、母親が掃除に入ったのが、今日の昼過ぎのこと。いつものように手際よく部屋を片し、掃除機をかけていた母親は、ベッドの下に見慣れぬものを発見した。
 読者諸兄大方の予想通り、それはエロ本である。
 思春期の少年である、それくらいの物が部屋に隠されていたとしても、なんらおかしくは無い。だが、彼女は、自分の息子のそういった赤裸々な部分に直面し、動揺してしまったようだ。少年が学校から帰ってきたとき、自分の部屋、机の上に積み重ねられたエロ本の山に出くわした。膝を着いてしまった。どうやら彼女は、動揺から立ち直った後に、寛大な母親になることができなかったようで。
 博之少年に、それらの本の処分を命じた。

 しかし博之は、勝手にそのエロ本を処分することができない事情がある。実は、それらのエロ本は、友人からの預かり物であった。その友人が、自分の部屋が母親の視察を受ける一時の間だけ、預かることを承知したのである。

 捨てることもできない、かといって返すこともできないとなれば、別の場所に隠すしかない。
 そこで博之は、ここ、湖の畔にやってきた。
 その場所は、自宅から近い幼少のころからの遊び場所で、彼の『秘密基地』がある場所だ。湖の畔にある森の中、小さな、底の浅い洞窟がある。その当時は、博之よりもさらに幼い弟と一緒の部屋で過ごしていたために、自分ひとりの空間というものを持っていなかった彼は、その秘密基地にほとんど毎日入り浸っていた。それが、彼の兄が家を出て一人暮らしを始めると同時に、その兄の部屋を与えられ、『秘密基地』からは足が遠ざかってしまったのだ。

 こうして、やむなく隠し事をするときくらいにしか、すっかり立ち寄ることもなくなってしまっていた。


「あ〜あ、なんで僕が、こんなことをしなくちゃいけないんだろ」

 片手に提げた書店の手提げ袋に、4、5冊のエロ本。
 博之はうなだれながら、ついつい独り言。夜の湖はもちろん人気も無く、誰に聞かれるわけでもない言葉。

 夜は煌々と輝く月の明かりも彼の足下を助けるが、そもそも昔は通い慣れた道。獣道のごとく自らが踏みならして造った道なのだ、迷うはずもない。少しのあいだ通わぬうちに茂った草が道を隠そうとも、博之はざくざくと足下の草を蹴り払いながら森の中を進んでいく。

「・・・! あれ? ・・・女の、ひと?」

 そして彼は立ち止まった。
 目的地である『秘密基地』の少し手前、森の木々の傍らからその場所をようやく視界に納めることが出来るくらいの場所で彼は、『女』の姿を捕らえたからだ。
 少し離れているせいで顔形まではよく見えないものの、すらりと背の高い、それでいて華奢な体格は間違いなく女だ。

(・・・こんなところで、こんな時間に、なんだろう?)

 まさか博之と同じように、エロ本を隠すためにここに来た、・・・のはずはないだろう。
 しかしその女、博之の秘密基地である小洞窟の前で、辺りを見回す仕草。あまりおおっぴらに出来ない雰囲気を感じさせるのも確か。

(しばらく来ないうちに、取られちゃったんだろうか、あの場所・・・)

 少し寂しいが、それも仕方のないことなのだろう、と彼は思う。法的な根拠を持って自分の場所だ、と主張できるような博之ではない。そこには自分の、幼少の思い出が詰まった場所ではあるが、他の人がそこで新しい時間を過ごすというのならばそれもまた良し。

 ならば、あの場所の新しい所有者がそこをどういう目的で使うのか。
 博之はそれなりにたくましい想像力で、それら背景を考えてみた。察するに彼女、男と逢い引きに使っているのでは無かろうか。つまりは無料で使える森のラブホテルと言ったところ。

(あの場所で・・・せ、セックスとか、しちゃうんだ・・・)

 少年にとっての思い出の場所を、俗な欲望で汚される、・・・そんな感傷が博之の心に去来する。

(うん、ちょっとだけ、覗いてみよう)

 しかしまぁ、博之も思春期の少年、感傷よりも性への興味の方が勝(まさ)った。
 博之少年はおとなしい性格ながらも、年齢相応の性への興味を根本にしっかりと持った、平たく言えばスケベな少年であった。

 

 少年にとって幸い、・・・なことなのだろうか、彼の歩いてきた道は他の人間によって踏みしめられた様子もなく、あの女が彼と同じ道を通ってきたわけではないと思われる。ならば、博之がここで身を潜めていても、後ろから女の待ち人に見つけられる、と言うこともないだろう。
 しばらく、女の逢い引き相手が現れるのを待つ博之であったが、なかなか状況に変化が現れることはなかった。
 そうしていくらかの時間が過ぎ、待つ時間に比例して博之のヤブ蚊による被害が増え始め、性への興味よりも自宅ベッドでの睡眠欲が勝り始めた頃、ようやく彼女の待ち人が姿を見せた。

(え!? 女の人!?)

 現れたのは、二人目の女。
 先ほどから待っていた女の側に、博之とは違った道から現れた女が近寄っていく。そうして2人は特に何を話すわけでもなく、揃って洞窟の中に姿を消した。

(う〜ん、あれが『レズビアン』かぁ・・・)

 そのカップリングに驚いたものの、あれほどの美女二人が演じるであろう女同士の睦み事ならば文句はない。二人に気付かれないように少しの間を空けて、早速小洞窟に忍び寄る博之であった。

(・・・美人、だったよね?)

 そしてふと、小さな違和感のようなものを感じた博之であったが、レズビアン生見学の興奮に気を取られ、それを曖昧にしてしまった。

 

 

 入り口の側に身を隠し、こっそりと中をのぞき込む博之。洞窟といってもかなり底が浅く、中は8畳間程度のスペースしかないものだから、洞窟の外とはいえ入り口付近にいれば中から見つかる可能性も低くはない。

(あれ? 誰もいない?)

 不思議なことに、その狭いはずの洞窟に先ほど入っていった女二人の姿がない。彼が知る限り洞窟はそこ止まりで、奥に深く続く道があるわけではないはずだ。その不可思議な現状に博之は、警戒を忘れて洞窟の中に踏み込んだ。

(・・・なんだ、この穴・・・)

 直径1メートルほどの穴。
 彼の知らない、新たな通路がその洞窟にはあった。小さな洞窟は彼が知る少し前のままで、たった一つだけ、一番奥の岩壁にぽっかりと空いた穴だけが記憶との照合を拒んでいた。もちろん明かりもなく、少し先も見えない暗闇だったが、その穴が深く奥まで続いていることは分かる。
 博之は、ふらふらと吸い寄せられるようにその穴に近づき、身をかがめて中に忍び込んでいく。
 心の奥には、危険を告げる本能の囁きが渦巻き、彼の理性もここから先に進むことを拒んでいた。しかしなぜか、彼はそれらを押さえつけるほどの好奇心に突き動かされていた。睦み事の覗き見などと言う俗な好奇心ではなく、ただ純粋に、この穴の奥にある『何か』を知りたい、という抑えきれない衝動。

 少しの距離、5、6mくらい進むと、その先は開けた空間になっていた。そこで博之は歩みを止め、先の様子を窺う。そしてそこから僅かな、不思議な光を博之は感じ取った。 その光を頼りに、目を凝らして中の様子を掴んでいく。

 二人の人影。
 円筒形の、大きな試験管のような水槽。
 その中を満たす、うっすらと光る液体。

 そして、その液体の中に浮かぶ、一人の少女。


(・・・か、かわいい・・・)


 全体的にぼんやりと光る液体のせいだろうか、水槽の中に浮かぶ全裸の少女の姿は、少し離れた博之にもはっきりと見えた。
 その姿は、暗闇に浮かぶ光を伴って、幻想的な美しさ。
 輝く銀色の長い髪、細く華奢な体つき、そして眠るように瞳を閉じた、あどけない少女の顔。
 博之はその美しさ、可憐さに心を奪われたが、水槽の前の二人の女が動き出す気配を間一髪感じ取り、意識を現状に引き戻すことが出来た。

(やば、こっちに来る!)

 振り返った女二人。
 その顔、博之が曖昧に美人だと認識させられていたものはそこにはなく、ただ真っ黒に塗り潰された異形があるだけだった。

(!!! か、顔が、無い!!)

 水槽の少女を眺めていた二人の女が、そこから立ち去るようにゆっくりと身を翻したのを見て、博之は後退した。思わず、持っていた紙袋ごとエロ本を落としてしまったが、そんな物を拾い直すなどといった余裕などあるはずもない。相変わらず本能は危機を訴え、歯は噛み合わずガチガチと鳴るものの、なんとか物音をさせずに洞窟から抜け出すことが出来た。そこから少し離れ、先ほどの待機位置まで引き返した彼は、そこで再び洞窟の様子を窺う。なぜ自分は逃げ出さないのか、博之にはそれをまるで他人事のような不思議な感覚で考えていた。

 これは、非日常の出来事だ。
 洞窟の奥に現れた新しい通路、水槽の中に浮かぶ美少女。そしてそれを眺める異形の女が二人。
 この状況を、博之は、知識としての心当たりがある。

(あの女達は、宇宙人だ!)

 

 少々時間をさかのぼり、数ヶ月前の冬の話。

 博之少年の兄に、可愛い『恋人』が出来た。
 博之も紹介され、何度か顔を合わせたことがある。少々冷たい感じのする風貌ではあるが間違いなく美少女であった。
 そして兄は、博之に彼女を紹介した後、こう言った。
 彼女は宇宙人である、と。

 兄の、普段からの奇矯な言動もあって、にわかには信じられなかった博之ではあるが、その後に見せて貰った彼女の『宇宙人』としての証拠、特殊能力に驚きながらもそれを受け入れることにした。

 そのとき、兄は博之に言った。

「実を言うと縁(ゆかり、彼女の地球上での名前)はなぁ、『逃亡者』なんだ」

 その理由までは詳しく教えて貰わなかったが、彼女に罪はなく、悪いヤツから逃げるために地球に来たらしい。そして兄は彼女を護るために、いろいろと奮闘しているのだった。

「だから、縁を追って、たまに『お客さん』が来るかもしれないから、注意しとけ」

 くれぐれも無茶はしないよう、危ないことに首を突っ込むな、と兄は、弟のことを案じて忠告した。


 そして時間を手繰り、現在。
 兄が言ったとおり、宇宙人はいた。
 洞窟から少し離れた木の陰で、その場所から出てくる二人の女を見た。今度ははっきりと、人間のものではないその顔を見た。さっきは宇宙人の擬態能力のようなもので、人間の顔と思いこまされていただけなのだろう。二人は二手に分かれて、何かを探し始めた。それはおそらく、侵入者である博之を捜しているのだろう。
 ここで、博之の理性の部分が、これから自分が取るべき行動を思案し始めた。

 宇宙人をうち倒すべきか、逃げるべきか。

 そんな2択など意味はない。
 消去法で前者はあり得ないからだ。博之は自分が、なんの取り柄もないただの子供であることをちゃんと自覚している。ならば後者、逃げることに専念すべきだ。
すべきなのだが。

(あの女の子は・・・)

 洞窟の奥、さらに奥、宇宙人達がしつらえた水槽の中に浮かぶ少女。
 人の姿をしているものの、何かが違う、違和感を伴う存在。
 だけど儚げで、今にも霞んで溶けてしまいそうな弱さを伴った、そんな印象。

(あの女の子は人間・・・なんだろうか?)

 いや、博之は某かの直感のようなもので、彼女が人間ではないことを感じ取っていた。
 だから今自分が、先ほどの2択の中に、『彼女を助ける』などという選択肢を追加しようとしていることが不思議でならない。そもそも彼女が地球にとって好意的な存在である確証などはない。
 それでも、自分のその直感が、彼女が助けを求めている、と感じていた。

(アホだ・・・僕は)

 そんな自分を客観的に眺める意識が、新しく出来上がった2択、逃げるか、彼女を助けるかの後者を選ぼうとしている自分自身を簡潔に評する。

(そうだ、落としてきたエロ本を取り返さなくちゃ・・・)

 彼は自嘲して思う、我ながらなんとアホらしい理由をでっち上げたものだろうか。がくがくと笑う膝もアホらしさに落ち着きを取り戻した。
 そうして博之少年は、二人の宇宙人がいないことを確認して、洞窟へ引き返していった。

 


 そして再び洞窟の奥へ。
 もし宇宙人がもっとたくさんいたらどうしよう、とか、監視システムとかに引っかかっていたりしたらどうしよう、とか、普通に考えればいくらでも出てくる危険な状況も、半ば曖昧に無視、気付かなかった振りをする。この辺り博之少年は、非現実的な出来事に出くわして、正常な判断が出来なくなっている、と言うことだろう。
 先ほど自分がエロ本を落としたと思われる場所にも、もうすでにそんな形跡はない。間違いなく、気付かれている。

 

「・・・うわぁ・・・・・・やっぱり・・・」

 その後に続く言葉は、先ほどの印象と同じ、『可愛い』だった。さすがに照れがあるのか、声に出すのは躊躇ったけれども。

 博之は洞窟の奥、宇宙人達のいた空間に進入していた。そしてあの、少女の漂う試験管のような水槽の前にいる。ぼう、とその少女の裸体を前に、しばし立ちつくしていた。
 しばらくして我に返った博之は、慌てて周りの確認をし始めた。相変わらず暗く、ぼんやりと光る水槽の光しか光源のない空間だったが、その水槽に近寄ってみることでようやくその周りが認識できるようになった。
 その水槽は、上下を光沢のない曇った金属で封をされ、完全に密閉されているガラス瓶のようだった。そして、そのガラス表面に液晶のようなコンソールがあり、いくつかの液晶ボタンが表示されていた。文字らしき表示はない。

(たぶん、このボタンのどれかが、・・・この娘を解放するスイッチなんだ)

 普通に考えれば、どのボタンがどの効果を生むのかなど、表示がない限り分からないはずだ。だがここでも博之は、直感的に、一つのボタンを押した。そして続けて2つ、3つ目のボタン、どんどんと押していく。誤った効果を生むボタンではないか、などの逡巡を産むこともなく、まるで何か、自分の奥底に記録されたマニュアルをそらんじるかのように、自然な動作でボタンを押していく。まるで、宇宙人の言語で出来たキーボードを打つような流れ。

 かち、と何かが噛み合う音。

 唐突に、猛烈な排水音と共に中から水が抜けていき、浮かんでいた少女もぺたりとそこにへたり込んだ。そして宇宙人的ハイテクによって水槽ガラスそのものが消失した。

「だ、大丈夫、きみ!」

 慌てて博之は少女を抱き起こした。そうやって肌に触れてから、その少女が全裸であることを殊更に意識してしまったのだが、あえて今はその事実に目をつむった。
 そうやって少女を抱き、身体を揺すって気付かせようとしていると、不意にその体が固く強張った。
 そして、博之を押しのけて、少女は目を閉じたまま立ち上がった。

「ikusiad ojuohsahcem iriiniko ag-slrigyks nnikias」

「・・・は? え、と、何を言ってるの? 宇宙語?」

 相変わらず目を閉じたまま、少女はなにやら訳の分からない言葉を発音した。当然それは、博之少年の想像通り地球以外の言語であるのだが。
 しばらくの間、があってから、少女はようやく目を開けた。

(金色の・・・瞳)

 金色に、小さく輝く瞳に、改めて博之は心を奪われ、そして言葉も失ってしまった。しかし、少女はそんな博之を気にした風もなく、新たに口を開いた。

「言語確認しました。あなたの話す言語は、侵略候補地32566585412号の言語体系214号と認識しました」

「・・・・・・しんりゃくこうほち?」

「はい。あなたの言語体系に沿うと、惑星地球の、日本国辺境地域の方言です」

「・・・その、場所はいいんだけどさ・・・・・・侵略、するの?」

 なんだか奇妙な流れに、博之は恐る恐る少女に聞いてみた。
 すると少女、間髪置かずに、

「しますよ、侵略、当然です」

 と、流暢な日本語で、しかも倒置法まで使って答えた。

 


「・・・・・・」

 しばしのあいだ、博之も、少女も無言だった。

「あの・・・」

 博之は、沈黙に耐えかねて、少女に声をかけた。だが、それから何を言って良いのか分からない。
 そんな曖昧な間をどう理解したのかは分からないが、少女は博之の額に、そっと手を添えた。

「そういうわけですので、あなたには死んで貰います」

「えっ!」

 少年は驚いた。
 確かに、その少女が異星人の仲間であるならば、自分をそのままにして置くはずはない。だが、その少女のしゃべり方があまりにもナチュラルで、彼の命を奪うことに何ら躊躇がないことに気を奪われてしまったのだ。
 びりっ、と少女の指先から電流が流れた。
 博之は逃げることもかまわず、かといって死を受け入れたわけでもなく、ただ単純に苦痛を避けるためだけに、ぎゅう、と固く目を閉じた。

 

「・・・・・・」

 それからまた、しばしの沈黙。

「おかしいですね。電撃発生器官の異常でしょうか・・・」

 少女は無表情ながらも、自身の身に起きたイレギュラーに首を傾げた。なんどか少年に向けて、指先から電流を送るものの、少年にとってそれは、まぁせいぜいせいドアノブに触れて静電気を受けた程度の痺れでしかない。少女もその微少な威力を想定していたわけではないようで、何とも奇妙な表情を作った。そして少年から指を離し、今度は壁面にある機械装置に向かって電撃を放って見せた。ばちっ、と激しい音をさせて、電撃を纏った派手な怪光線が壁面を舐めると同時に、次々と機械が弾け、破壊されていく。間違いなく、破壊的な威力だ。

「このパワーの電撃であれば、通常の地球人であれば黒こげになるはずなのですが」

 そして再び、少年に向かってその指先をかざした。

「・・・不思議です。なぜかあなたには、電撃が効かないみたいです。もっと出力をあげてみましょうか」

 効かない、とは言われても、先ほどの威力を見せられた後その凶器である指先を向けられて、しかも出力をあげるとまで言われては、少年でなくとも怖じけてしまうのは無理のないことだろう。

「う、うわぁーーーーっ!!」

 腰に力が入らないから博之は立ち上がれない。みっともなく彼は、尻餅を付いたような姿勢のまま後退(あとじさ)った。
 そしてそのまま、元は少女が収まっていた水槽のあった装置の元で背をぶつけ、退路がつきたことを悟った。

「逃げても無駄です・・・電撃が効かなくとも、他にもあなたを殺す術はありますから」

 そんな無様な、しかし力無いただの子供が自分の命を守る必死の行動を嘲笑うでもなく、ただ冷徹に詰め寄っていく少女。
 少年は、恐怖で震え必死で逃げようとする身体を制御できるわけもなく、ただ心の中で、なんで自分はこの女の子を助けるなんて事を考えたんだろう、などといかにも現実逃避の思考をしていた。

 そして、かちり、と。

 少女が凶器たる指先を少年の額にかざしたとき、彼の後退る手が何かの機械に触れた。

「!!」

 びくん、と少女の身体が硬直し、動きを止めた。
 そして、へにゃりと博之にしなだれかかって気を失ってしまった。

(え、え? ど、どうなってるの、これ・・・)

 いったいなにがどうなったのか、事態を良く掴めていない彼に、今は誰もその答えを与えてはくれない。
 ひとまずは命拾いをした、と安堵した博之だが、死の恐怖から解放されたとたん、自分にもたれかかる全裸、その肌の柔らかさを妙に意識してしまっていた。

 

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「で、ここはどこでしょう?」

 まず、疑問の言葉を発したのは、その少女。
 その疑問に答えるのは簡単だったが、それよりもまず、自分の疑問に答えて貰いたい、と思う博之だった。

「君は、いったい何者?」

 博之は、先ほどの気絶から息を吹き返した彼女に向かって、そう訊ね返した。

 

 時間は、先ほど少女が気を失ってから数分ほど後。場所はもちろん、未だ洞窟の奥。
 唐突に倒れ込んだ少女が、今度は唐突に身を起した。
 それからしばらく、ぼんやりと辺りを見回した後で彼女は、目の前にいる博之少年に気を留め、静かに向き直り、先ほどのセリフを発したのだった。

「そうですか・・・私は今、『地球』という惑星に来ているんですね」

 落ち着いて少女と話してみると、先ほどの冷徹な侵略マシーンぶりはなりを潜め、実はおとなしい性格であったことが分かる。
 無表情だった彼女にも少しの変化が現れ、とりあえず今は少し困った風に眉尻を下げている。

「あまり実感はありませんが、言葉も、地球の言葉になってるんですね?」

 彼女からすれば、意識して地球の、日本語を喋っている自覚はないらしい。
 そしてそのあたりを、しばらくの無言で飲み込んだ彼女は、彼に自分のことを話し始めた。
 とりあえず、目のやり場に困った博之は、『秘密基地』に常備してあった古いシーツを彼女に纏って貰った。

「私は、とある惑星で暮らしていた、『怪獣』なんです」

 などと、唐突な告白。

「か、かいじゅう!?」

 少年は驚いて聞き直す。なにせ、少年の属する地球の人間からすれば、『怪獣』と言う言葉には恐ろしいイメージがあり、なおかつ目の前の美少女とは懸け離れた言葉なのだから。
 だが、少女が住んでいた星での概念を無理矢理地球の言葉に分類すると、どうしても『怪獣』という言葉になってしまうらしい。
 たしかに、星を支配する種族(さっきの女達)からすれば異形にあたるわけだし。

「電気エネルギーを吸収、消費することで、巨大化も出来ます」

 ・・・それは、確かに怪獣だ。少年は、巨大化して街を破壊する少女の姿をした怪獣を想像して、宇宙は広い、と実感した。一度見てみたい、と言う危険な衝動は、なんとか押さえることに成功した。

 そして彼女は、自身の身の上、つまりその星での怪獣のことについて話し始めた。以下に要約する。
 その星では、彼らは支配種族の家畜に相当する。用途は主に、戦闘兵器である。ある程度まで育った彼らは、支配種族によって生体改造、思考支配を受け、他の惑星を侵略する兵器として使役されるのだ。

「で、どうも今の私は、思考支配が解けているようなんです」

 なるほど、さっきの『怖い彼女』が、戦闘兵器として思考支配された姿だったのか、と博之は納得した。先ほどの彼女には、どこか、ロボットじみた無感情さがあった。それが解けたのは、博之が逃げる間際に偶然押してしまった何かのスイッチが原因なのか。
 そして、思考支配を受けていない今の彼女は。

「私、戦いとかって、どうも好きになれなくて・・・」

 そういって、肩をすぼめた。

 

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 少年は、我に返った。

「そ、そうだ、ここから逃げなくちゃ!」

 少女の話を聞き、本当の彼女の一端に少し触れることが出来た博之は、ようやくそのことを思い出した。
 ここにいれば、あの女達、彼女を支配する種族の二人が戻ってくる。

(のんびりしてる場合じゃなかったのに!!)

 慌てて彼は、少女の手を取り、この洞窟から抜け出そうとした。


 しかし、その行動は、どうやら遅かったらしい。


「まさか、逃げたと見せかけてここに戻ってくるとは、盲点だったわ」

 少年と少女が逃げ出そうと向かった洞窟の出口、そこに二人の『女』が立ちふさがっていた。すでに少年に正体を隠そうとはしないらしく、その顔は人間のそれではない。
 二人の女のうちにもどうやら上下の関係があるらしく、一人は後ろに控え、もう一人が腕を組み、奇妙な異星人の顔を振るわせて少年に言った。

「目当てはそいつか」
「どうやら我々の広域破壊兵器を無効化する作戦のようです」

 そういって宇宙人の一人が、少年の後ろに怯えて隠れてしまった少女を指した。

「ひぅ・・・・・・」

 先ほどは恐ろしい怪光を発し、少年を殺そうとした少女だったが、今ではその少年の後ろで、力無く震えている。

(・・・そうだ、僕がこの子を護らないと!)

 目の前の異星人は確かに怖い。恐ろしい異形を前に、少年の恐怖心はけして無くなったわけではない。しかし、自分の背中を頼りにして震える少女の体温を感じてしまっては、それを置いてでも踏ん張らねばならないことを、強く意識した。
 もちろん彼は、相変わらず自分がなんの力も持たないただの平凡な中学生であることを自覚している。唯一の特技であるそろばんを奴らの足下に投げつければ、目の前の宇宙人を滑らせて転ばせることが出来たのかもしれない。しかし残念なことに、彼は今そろばんを持っていなかった。

「よし。さっさと貴様を始末して、思考支配をかけ直すとしよう」

 そうしてその宇宙人は、手にした宇宙的流線型の銃で、博之を撃った。
 ばしっ、という激しい衝撃音と共に、博之は崩れ降ちた。先ほどの少女からの電撃からは運良く逃れられた彼だったが、宇宙銃による今度の攻撃には、さすがに幸運も続かなかったらしい。

 

「意識を取り戻す前に、調整槽に沈めておけ。これからこいつには、地球人のモルモットとして役に立ってもらうとしよう」
「はい、了解しました」

「私は再度、怪獣の思考支配をかけ直す。今度はもっと強めに、な」
「しかし、不可が強すぎるとオリジナル人格が完全に破壊され、緊急対処能力に欠ける兵器になってしまいますが」

「かまわん。戦闘時は自律行動をさせず、私が操縦に専念しよう」


 もうすでに、この地球の少年を意に介さず会話を続ける侵略者達。少年は、薄れゆく意識の中で、その会話を絶望的な気持ちで聞いていた。

(僕はバカだ・・・あのまま逃げていれば、こんな事にならなかったはずなのに・・・・・・)

 そして彼は、そんな後悔の念の中、自分のとった行動を走馬燈のように見つめ直していた。

(じゃあ、なんで僕は、逃げなかったんだろう・・・・・・)

 好奇心から忍び込んだ、宇宙人の基地。確かにこの行動は愚かだった、と彼も後悔する。しかし、二度目に忍び込んだ行動はどうだっただろうか。

(そうだ。宇宙人の基地と分かってまで忍び込んだ、どう考えても、僕はバカだ!!)

 しかし、なぜそうしたのか、と言う心の動きを、絶望の間際で思い返したとき、少年は暗闇に沈みかけた自分の意識を、力強く引き留まらせた。

(僕は、助けたかったんだ、あの女の子を! まるで囚われたお姫様みたいに見えた、あの女の子を!!)

 

 そのとき、少年は、兄が言った言葉を思い出した。

 宇宙人の存在を明かし、彼に危険を告げ、警戒を促した話のあと。
 そんな危険なことならば、どうしてそこまで深く関わろうとするのか、と、少年は会話の最後に、兄に尋ねた。
 すると兄は、照れもせず、迷いもせず、はっきりとした強い意志をもって、弟に答えた。

「惚れた女を護るのが、男ってもんだよ」

 

 その言葉が胸にひらめいたとき、少年の手は動いていた。
 がし、と、手を伸ばす先にあるものを掴んでいた。

「!! こ、こいつ、なぜ動ける!?」

 少年の手は、少女に近づこうとしていた侵略者の足首を掴んでいた。その動きに、宇宙人は当然動揺する。全身に残っていた最後の力を振り絞り、飛び跳ねるように身を起した少年は、足首を掴んだ宇宙人を引きずり倒した。

「ちくしょーーーーーーっっ!!」

 叫びは、全身の力を奮い立たせるために必要な行為だった。そして生み出した力を以て、少年は倒れた宇宙人に馬乗りになった。

「き、貴様ッ!!」

 驚きに反応が遅れ、行動よりも先に声が出てしまったその宇宙人は、この時点で少年に負けていた。叫びと共に肺の中の息を吐き出し、息を詰めて力を奮い立たせた彼は、間髪入れずに頭突き。

「がふっ!!」

 少年にとっての数少ない武器、自分の体の固い部分を力任せに相手にぶつける攻撃は、宇宙人の顔面をしたたかに打った。その宇宙人の造形は、あまりにも地球人の造りから懸け離れていたものだから、そのどこが急所であるかなどは推察も出来ない。しかし少年はお構いなしに、敵の身体を押さえつけたまま、何度も何度も額を撃ち続けていった。

「貴様! 動くなっ!!」

 もう一人の宇宙人が、ようやく反応する。手に持った銃を少年に向けて、言葉を強める。少年が攻撃した宇宙人は、二人組のうちの上官だったようだ。銃でもって牽制する部下が引き金を引かないのは、誤って上官を撃ってしまうことを恐れたためだろう。

 その、武器による恫喝も、今の少年には届かない。ただ無心に、己の額から血を流しながらも攻撃を続ける。すでに相手からは悲鳴も漏れてこない。
恫喝が無意味と悟った宇宙人は、攻撃が確実にあたる位置に付いた。少年の襟を掴み、身を引き起こした上で、その後頭部に銃口を押しつけた。

「地球人め!」

 そしてその引き金が引かれ、ばしっ、という銃の炸裂音と同時に、めき、という、何かが歪む音がした。

 その音よりも、少し遅れて、誰かの声。
 この場の誰でもない、男の声。

「まちゃーがれッ!!」

 その宇宙人の顔面に、金属バットがめり込んでいた。
 ぶんぶんと回転しながらでもなく、大きく弧を描くわけでもなく、ただまっすぐに、レーザービームのような軌道で投げつけられた金属バット。
 その衝撃に、少年の頭部にあてがわれていた銃口が逸れ、引き金を引かれた銃の威力は空中に消えていった。
 謎の声、そして投げつけられたバットは明らかに博之少年のものではない。声も、その凶器の軌道も、少年から離れた洞窟の入り口からのものだ。
 だが少年は知っていた、この声の主を。

「・・・・・・に、兄さん」

 少年は僅かずつ意識を取り戻し、その声の主を呼んだ。

「危機一髪、だったみたいだなぁ。間にあってよかった・・・」

 洞窟の入り口から駆け寄った青年は、博之がなんとか大事に至っていないことを見て、ホッと胸をなで下ろした。
 風貌はどう見てもただの高校生。間違っても、屈強な体躯の戦士でもなく、精悍な威厳のある英雄でもない、ただの地球人。
 だが少年は、彼がここぞというときに力を発揮する、頼れる人物であることを知っている。

 その青年は、博之少年の兄、二階堂博士(にかいどう ひろし)だった。

「よくやったなぁ、博之」

 青年はそう、優しい声をかけた。兄は、自分の弟が死地を切り抜けることが出来たことに驚きつつも、その思わぬ逞しさが嬉しくもあった。その気持ちが、弟を労る言葉に込められている。

「博士(ひろし)兄さん、どうして・・・ここに?」

 思わぬ助っ人の登場に、張りつめていた力が博之の身体から急に失われていく。
 彼は、ふらつく少年に寄り添って身体を支え、馬乗りになっていた異星人の上から引き離してやった。その下にいた宇宙人はもう、ぴくりとも動かない。

「ゆかりのUFOから連絡があってなぁ、なんか新手の宇宙人が来たっつーから、用心のために・・・って、おい、おいっ!」

 そして、兄が事情を説明し終わるまで待つこともなく、少年は、気を失った。

 

 

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「・・・・・・あれ?」

 博之少年は、ずきずきと痛む額の痛みによって、息を吹き返した。そして、少々傷んだ布の臭いに思考を引き戻された。
 そして、痛みと臭気によって気付かされた彼は、ようやく自分がなにやら柔らかいものに包まれているのだと認識するに至った。

「気が付きましたか・・・?」

 彼は、全裸の少女に添い寝されていたのだ。

「ええっ!!!」

 少年は慌てて飛び起きようとしたが、上手く身体が動かない。
 先ほど彼女に羽織らせていた古いシーツは丁寧にたたまれ、博之少年の頭を預ける枕代わりとなっていた。気になる臭いはそのシーツからだった。しばらく野外に放置されていたものだ、臭いが気になるのは仕方がない。
 そんな彼に寄り添うようにして、真っ白な裸身、流れる銀髪の少女。そしてその、神秘的な金色の瞳で、心配そうに少年を見つめていた。

「うわっうわうわっっ!!」

 博之少年も健全な中学生、そんな美しい少女とのスキンシップに、目覚め早々大パニック。
激しく動揺、心臓爆発、あたふた慌ててアドレナリン大量放出で、まぁ平たく言うならば大慌て。
 しかしそんな彼の内部活動活性化とは裏腹に、身体はほとんど動かない。僅かに身じろぎしか出来ないし、呂律もあまり回っていない。

「どうしたんですか? 精神に異常をきたしたのですか?」

 心配そうに博之を見つめ、そして顔を近づける少女。その瞳の接近に、少しやましい想いのあった博之はつい、と視線を下げて逸らす。
 すると、そこには少女の可憐な唇があった。

「だ、大丈夫だかりゃ!」

 僅かに舌の動き鈍く、それでもなんとか言葉を繋ぐ。そして、見つめた唇が安堵に綻ぶのを見て、再び視線をあげた。

「よかった・・・」

 少女は、泣いていた。
 少年の無事を喜び、そして安心した彼女は、先ほどまでの心の不安を涙として流し、払った。

 少年は、今度はその笑顔を見つめるのが照れくさくて、かろうじて自由になる首を動かして視線を外した。
 そしてようやく、辺りの状況を察することが出来た。ここは先ほどの洞窟、異星からの侵略者が造った秘密基地。
 そこで自分の身を守り、少女の危機を救い、それでも追いつめられた絶体絶命の窮地を、突然現れた兄に助けられた。
 しかし、今ここには兄も、恐ろしい侵略者二人組もいない。この少女と二人きりのようだった。
 少年は、宇宙人から受けた攻撃によって身動きを封じられ、そしてどういう訳か少女がその身体を癒すように寄り添っていたというわけだ。

「に、にいさんは?」

 ややあって、涙を払い終えた少女は、その問いに答えた。

「私に博之さんの介抱を依頼なされて、お帰りになりました」

 少女は、そのときに少年の名前を口にした。それはどうやら、彼の兄に聞いたらしい。
 彼女の話では、少年の兄である博士はいろいろと後始末があるようで、気絶させた宇宙人二人を担ぎ、引きずり、ここを出ていったそうだ。
 別段、地球の平和を守る使命があるわけでもなく、ただただ逃亡者である自分の彼女を護るために彼は奮闘しているのだ。そしてとりあえずの用件は果たした、と言うことなのだろう。

 それにしても。
 『介抱』とは、裸で添い寝すること、だとか、なんでそうなるんだ? と少年は思う。もちろんそれが不快なわけでなく、否、むしろ嬉しい。しかしその嬉しい気持ちは自分の身体(主に下半身)を素直に反応させてしまっているので、どうにも気恥ずかしい。それが彼女に気付かれたらと思うと気が気でない。

「あ、あの、僕はもう大丈夫だから、は、はなれて、も、いいよ」

 舌は動くようになったが、それでも上手く喋れない。今度の原因は単純に、女の子とこういう状態になったことのない、ウブな少年らしい動揺からだった。

「・・・ご迷惑でしたか?」

 目の前の少女が、先ほどまでは笑顔を曇らせ、少し眉根を寄せて困った表情を造る。少年はそんな彼女の顔を見るだけで、過剰な罪悪感まで感じてしまった。

「い、いや、そうじゃなくて! ただ、僕まだ中学生だし! こういうのはまだ早いと思うし!!」

 妄想が先走ってしまうことこそ、彼が中学生たる証明と言うべきか。
 だが少女は、その言葉の意味をどう捕らえたのか、寄せられた眉根を元に戻し、先ほどの笑顔に戻っていった。

「はい、分かっています。地球の文明では、性交は18歳までは禁じられているのですよね?」
「・・・・・・は?」

 唐突の言葉に、博之思考停止。しかし彼女はそれにかまわず、たたみかけるように攻勢攻勢。

「それでも、資料によると、助けられたメスは助けてくれたオスに、性行為で感謝を示すのですよね?」
「ち、ちょっと、まって!」

 語尾は疑問の『?』だが、彼女のそれは確認、念押しのための疑問符。
 少年は慌てた。
 彼女、宇宙の人の独特論理をこのまま続けさせては、取り返しの付かないことになってしまう。
 もちろんその行為自身は、思春期真っ盛りの彼にとって抗いがたい欲望ではあるものの、さすがにまだ早い、と思うのも本音。
 そんな彼の動揺と隠しきれない期待をよそに言葉を続ける彼女。しかし、続く言葉は少しトーンダウン。

「ですが、私の身体は、地球人のような性器の発達はありません。性行為の出来ない身体なのです」

 安心、しかしやはりがっかり感の方が強く博之には感じられる。確かに彼女と少年は、異なる星で生まれた異種族だ。少女の身体、外観こそは地球人少女と変わらぬように見えるが、それでもやはり、生物として種族の壁は厚かったのだろう。
 たしかに、隠すこと無い本心として、少年は彼女に恋をした。そうすれば彼も健全な男だ、いつかは身体を重ねたいと思うのは普通の反応。それを浅ましい、と詰るのは可哀想だし、おそらく詰る権利を持つものなどいないはずだ。

 しかし、少年は前向きだ。
 たとえ身体が結ばれなくても、心が結ばれることならば、あり得るはずだ。
 そして彼女も、前向きだった。
 好きになった女の子と一緒にいる、それだけでも幸せなことなんじゃないか、と彼が考えているあいだにも、少女はまた彼とは違った方向へ、思考を進めていた。

「しかし、まだ資料はあります。それを検索すれば、他に何か手があるかも知れません」

「し、資料・・・?」

 よ、と身を起した彼女。まだふくらみはじめの胸が少年の目に飛び込んでくる。それに慌てた少年をさておいて、彼女は傍らにあった何かを取りだした。

「あっ、それは!」

 それは、少年持参のエロ本だ。元はと言えば、借り物のエロ本の隠し場所に困って、森の洞窟にやってきたが為に騒動に巻き込まれたのだ、いわばすべての元凶。
 その元凶が、再び少年と少女に関わってくる。

「先ほどの情報も、この資料から得られました。まだ未検索の部分に、こういう状況で未成年に許される感謝行為が記されているはずです」

 少女は、そのエロ本を手に取り、素早くページをパラパラパラパラパラとめくり、斜め読みどころかそれすら出来ない高速のパラ読みを始めた。まるで機械が高速スキャニングを開始しているみたいだ、と少年は奇妙な感想を得たが、実際のところこの宇宙人の少女、その言葉通りの高速情報スキャニングをしているのだろう。
 まぁ、そんな感想はともかく、エロ本はそうやって読むものじゃない、とは教えてやるべきだろう、とりあえずすべてが終わったあとにでも。

「検索終了。有益な情報が得られました」

 どんな情報が、とは聞けなかった少年。なぜならばその答えに察しが付くからだ。
 彼女が今し方検索したエロ本のタイトルは、『お口で愛して』。フェラチオマニアの男性に愛読される、神掛かった伝説のエロ本だ。読んでいるだけで、下半身にまるで本物の女が吸い付く錯覚さえ起すほどの、マジエロ本。写真から小説からピンサロ紹介まで、果ては、キスもまだな無垢な少女の初フェラ体験記まで載っている。
 本来の持ち主である友人の趣味ではあるが、もちろん借りた博之もかなりお世話になった。

「未成年であっても、お口で尽くすことが許されるのですね、この星の文明は」

 違う、違うけど間違っていない、間違っていないけどそれはヤバイ。期待と不安、あと欲情など、いろいろな感情が入り交じって、まともな反応が返せない博之少年を後目に、彼女は静かに盛り上がっている。

「なんて素晴らしい星なんでしょう、地球は。こんな、異星の電気怪獣である私にも、恩返しの機会が与えられているなんて・・・」

 彼女の意志は固い。どちらかと言えばおっとりとした、ダウン系の話し方をする彼女であるが、その思考内部では激しくテンションが高まっているようだ。

「というわけで、お口で、させてください」

 ずいぶんと素直な、無垢とも言える率直さで、行為の許可を男に求める。
 博之は、く、と一瞬声を詰まらせた。
 普通に考えて、こんな状況ならば、迷うことなど無い。好きになった女の子が、セックスとはいかないまでもフェラチオをしてくれる、そんな状況、嬉しいに決まってる。やって欲しいに決まってる。
 ところがこの少年、博之は、不器用な生真面目さで、「それは地球の一般的な恩返しの行いではありません」と言うことを彼女に理解して貰いたかった。
 そんな二つの想いが同時に飛び出そうと入り口でぶつかって、上手く口から出てこない。

 だからとっさに、身体が反応して、頷いてしまった。

「はいっ、ありがとうございますっ」

 あくまでも控えめな元気さで、彼女は喜んだ。

 

 

「すごい・・・これが地球人の・・・オスの性器なんですね・・・・・・」

 けして、手際がよい、とはいえない。少年のズボンを脱がす手つきも辿々しく、そしてトランクスに掛ける手が震えている。『やること』は知識によって得てはいるものの、それでも初めてのことをするのだ、不安に違いない。
 下着まで脱がされ、少年の股間はすべてが少女の目に曝された。先ほどからの無垢なスキンシップによって、少年の蒼い性欲は刺激され、十分に屹立していた。
 さすがに、初めて異性に自分の性器を見られて(幼少期除く)、ものすごく気恥ずかしい。相手が一糸纏わぬ全裸であるから、むしろ着衣のある少年が羞恥を覚えるのも奇妙な話なのだが、彼にとってはそのことが逆に作用しているらしい。いっそ自分も全裸なら、相手の少女の全裸と合わせてお互い様、なんとか堪えられる恥ずかしさなのだろう。

「これ、ムイてしまっても、いいんですか?」

 あどけなさを伴ったような、その問いは静かに少年の心を傷付ける。相手に悪気があったわけじゃない、だいじょうぶ、日本人成人男子でもかなりの人数が仮性包茎なんだ、まだ僕には望みがあるさ、ドンマイ、・・・と少年は自分を勇気づけ、立ち直った。

「それじゃあ・・・しますね?」

 そして少女はゆっくりと少年のペニスに指を沿わせた。ただそれだけの刺激で、少年はびくりと身体を震わせる。そしてサオに添えられた指に僅か力がこもったとき、少年は亀頭のカリに引っかかる皮を、剥かれることに少し身構えた。

「・・・?」

 しかし、それ以上力を込めることはせず、皮もそのままだった。そのかわり、ちろりと差しのばされた少女の可愛い舌が、亀頭先端を舐めた。

「うわっ!」

 少年は驚き、その瞬間の快楽に痺れた。しかし少女の行為はまだ始まったばかり。
 湿らせた舌先を懸命に伸ばし、露出した亀頭を舐めていくうちに、その亀頭と皮の隙間に潜り込ませるようにして舌を繰り出してくる。
 ゾクゾクと怪しい快感が背骨を伝って駆け上り、身を震わせる。
 そしてぐるりと、皮の縁にまんべんなく舌を潜らせ、湿り気を与えていった。
 彼女は、皮を剥かれる少年に気遣って、丁寧な奉仕で尽くしていた。無理に引っ張るのではなく、舌で湿り気を与え解(ほぐ)してから、ゆっくりと、優しく剥く、という知識を得ていたのだ。

(す、すごい、こんな可愛い女の子が、僕のアソコに・・・)

 少女の健気な愛撫に、少年は感動すら覚えた。
 そしていよいよ、少女は少年の皮を剥くことにした。
 シーツを枕にした少年は、少し視線を下に向けるだけで、少女の行為すべてを見ることが出来る。その視界の中、少女は、チュ、と小さくキスをするように突き出した唇で、皮の縁を啄み、そしてゆっくりと引っ張り、とうとうつるりと皮を下ろした。

「ひうっ!」

 少年は、まるで少女のような声を出して身悶えた。
確かに、仮性包茎の皮を剥いたことは何度かある。主に風呂に入って陰部を清潔にする際にだが、まさかこんな風に、可愛らしい少女の唇で亀頭を露わにされるとは考えてみたこともなかった。それらの知識はすべてあのエロ本から得ているはずだが、おそらく少年の読んでいない部分の内容だったのだろう。

「痛く、なかったですか?」

 恐る恐るそう尋ねてくる少女。少年の視界には、彼女自身が剥きあげ、亀頭を露出させたペニスに顔を添える少女の顔。ただその光景だけでも、射精をしてしまいそうなくらいの刺激だった。
 少年が少女のその問いに、ゆっくりと頷いてやると、彼女の表情は笑顔に綻んだ。

「よかった・・・それじゃあ、次もがんばりますね」

 そういうやいなや、少女は小さな口を、あーん、と懸命に拡げ、ぱくり、と亀頭を口に含んだ。

「!!」

 がば、と少女が勢いよく身を起した。
 ほんの一瞬、確かに少年のペニスは少女の口の中に納められた。少年も、少女の可憐な唇を割り、唾液に満ちた口の中をペニスで感じた。
 だがそれも僅かに、少女は慌てて口を離したのだ。

「ど、どうしたの?」

 少年は思わず、そう訊ねた。それほどまでにその少女、ペニスから口を離したあと、驚いた顔をしている。
 そして、彼女自身、自分を納得させるかのように、何が起こったのかを少年に話していく。

「・・・あなたのコレに唇がコスられたとき、私の唇から全身に、何か衝撃のようなものが走りました」

「痛かったの?」

「・・・・・・いいえ、痛く、ありませんでした」

 そして少女は顔を羞恥で赤らめて、小さく言った。

「これが、本に書いてあった、『キモチイイ』ってこと?」

 少年は、その少女のこぼした言葉を聞いて、少なからず驚いた。


 彼女は、唇で感じているのだ。


「つ・・・続けますね」

 少年の驚きよりも早く立ち直った彼女は、その言葉通りフェラチオを再開した。

「ん・・・」

 再び唇の中に潜り込んだ少年のペニス。ぬちゅる、と湿った音を立てて、何度も唇で扱き立てられる。

「・・・んんっ、んむんっ、・・・んんふんんううっ!!」

 じゅぽ、じゅぱ、と唾を泡立て、鼻から悩ましい吐息を漏らし、頬を紅潮させながら少女は懸命に奉仕した。少女自身も、唇がペニスを擦ることで得られる快感を夢中で貪るようになっていった。

「んん・・・ぷはぁ、・・・・・・これが、『キモチイイ』、ってことですよね?」

 少女がペニスから口を離し、顔を真っ赤に染めたまま少年に問うた。
 博之は、彼女の恍惚とした表情を見て、彼女の問いが間違いではないことを確信した。

「うん・・・、君は、僕のアソコをしゃぶって、気持ちよくなってるんだ」

 その言葉に、少女は唾で全体がぬるぬるになったペニスに唇を押しつけ、ハーモニカを吹くような動作で唇を押しつけ、擦りたくった。

「・・・・んは、はい、キモチイイです・・・。博之さんのコレをしゃぶって、わたし、気持ちよくなってます・・・・・・」

 少女の熱い吐息と共に、自分の身に起こる新しい刺激を、反芻しながら言葉にした。初めての性感を、自分の心と身体に刻みつけ、インプットするような言葉。

「・・・博之さんは、んちゅ、キモチイイ、ん! ちゅはぁ、・・・です、か?」

 両手の指で捧げ持つようにして少年の反り返ったペニスを持ち、顔ごと唇を擦りつけるような愛撫。明らかに、自分が快楽を得ることに夢中になっているようだった。
 だが夢中になりながらも、時折その忙しない合間に、そんなふうに博之に尋ねてきた。少年のために、と行っている奉仕なのに、自分だけが気持ちよいのでは申し訳ない、と思っているのだ。
 だから、少年が少女のその問いに、こくりと頷いてやるたびに、ますます激しくしゃぶり立てていく。

「ああ・・・すごいよ、凄く気持ち良いよ!!」

 少年が堪らず口にした言葉。それを合図に、少女は加えていたペニスを、深く飲み込んでいった。

「うわっ!!!」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ーーーーーーーッッッ!!!」

 少女の喉は、少年のペニス先端をを吸い込むように受け入れた。同時に、えづいたような反応を起すものの、けしてペニスを口から離すことなく、ぎゅ、と強く締め付けていく。少年にはまだ分からない反応だが、少女は喉を突かれて、アクメに似た感覚を得ようとしていたのだ。

 そして亀頭全体が少女の喉に飲み込まれるように潜り込んだとき、少女は絶頂した。

「ん゛ぶん゛ん゛う゛ーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 そしてその絶頂の、喉の震えと共に、ばち、と小さな電気が少年のペニスにとどめを刺した。

「くあああああっっ!!」

 びゅくうっ!どくっどくうっ!!どっくう、どくううううう!!

 少年は何度もペニスを脈打たせ、少女の喉に精液を送り込んでいった。

 そしてすべての精液を喉に流し込み、少女はようやくペニスを口から抜いた。どろりと残った白濁が少女の唇からこぼれ、少年のペニス根本に出来上がった唾液だまりに混ざり合う。

「・・・ヒロユキさん・・・きもちよかったですか?」

 荒く息を吐き、時折軽く咳き込みながらも、少年にそんなことを聞いてくる少女。博之は、魂までも抜かれたような射精にしばらく息荒く脱力していたのだが、彼女の問いにだけははっきりと頷いて返してやった。

「よかった・・・・・・でも・・・・・・」

 少女は少年の答えに、恥じらいの笑みを浮かべたのだが、それでもややあって言葉をつなげた。

「まだ私、あなたにもっとお礼をしたいです」

 え!?と少年は驚く。しかし彼もまだ若い。少年のペニスは、少女の言葉を喜ぶように、まだ少しも力を失っていなかった。

 

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

 

「ところでさ、君の名前は?」

 深夜の森の中。
 あの洞窟をあとにして、街に向かう道を歩く。月の明かりと小さなペンライトを頼りに、少年が前を歩き、そのあとを少女が従う。少年は唯一の上着だったTシャツを彼女に与え、上半身裸である。少女は、その与えられたTシャツ一枚を着て、少年の手を後ろから握っている。

 

 若いと言うことは実に素晴らしいもので。

 あのあと、最初の射精を含めて通算6回のフェラチオをした。さすがにそれ以上は、途中から見守っていた兄によって止められた。

「ええいおまえら、いーかげんにせい!」

 兄はそう怒鳴り込んだあと、「お前らは厨房かっ!!」と窘めたが、実際中学生なので何ら怒られる道理もない。
 だが兄からすれば、そんなことはあとからでも、好きなだけやりゃあいい、と言うことだった。

 兄は言った。

「博之、その子、どうするつもりだ?」

 博之は、兄の真剣な問いかけに、心持ち姿勢を正してから答えた。

「いっしょに、居たい」

 その言葉に同調するように、少女は博之の後ろで、彼の手を強く握った。
 宇宙人の侵略兵器としてサイボーグ改造をされた少女は、自分を支配する種族の束縛がなくなったかわりに、同時に身を寄せる場所も失った。
 二人が一緒にいる、と言うことは、少年も彼女が背負った兵器としての『業(ごう)』を、受け入れなければいけないと言うことだ。
 いつかは彼女を取り戻しに、新しい追撃者が現れるかもしれない。そのときは彼女のような、別のサイボーグを敵にしなければならないかもしれない。

 そんな二人を見た兄は、小さく溜め息を吐いたあと。

「覚悟を決めろよ?」

 と、小さく弟の頭を小突いた。

 

 そんなやりとりのあと、遅れて合流した兄の彼女、これまた宇宙人の『縁(ゆかり)』が、それらを評して、一言だけ言った。

「そのバカは、兄譲りという訳か」

 彼女は、人間を洗脳する能力を持つ宇宙人だ。当面、少女が住むための家を見繕い、家族になるべき人間に適当な情報を刷り込んでくれるとのこと。
 そうして縁は兄と二人して、先に街に帰っていった。


 彼らから遅れること数分。
 街へ向かう道、少年の後ろを歩いていた少女は、振り返った少年から名前を聞かれた。
 考えてみれば、あれだけ濃厚な時間を過ごしたというのに、少年は少女の名前を知らないままだった。今頃それに気が付くというのも間抜けな話だが、思いついたからには早めに聞いて置かねばならない。
 しかしその少女、少年の問いに、ありません、と答えた。

「じゃあ、『エレ』ちゃん、でいい?」

 少年は、彼女ら種族の名前を縮めて、そんな名前を付けた。
 少女は、彼から与えられた新しい名前を聞いて、瞳を細めて微笑んだ。


 月明かりが映える湖の畔、その光が照らす少女の笑みを、

 少年は、これからずっと大事にしていこう、と心に誓った。


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