プレジャーガウスト・その1
プレジャーガウストという玩具が、某有名玩具メーカーから発売された。
ターゲットは主に小学生の男の子。
その、キッズホビー商品を、二十歳も半ばを過ぎようとしているこの俺がなぜ手にしているかというと、いろいろと事情がある。
最初は、この商品を買ったはいいが三日で飽きてしまった弟が捨ててしまったものを、ちょっとした興味本位で手にしたことから始まった。
まぁ、昔っから、バーコードファイターだとかデンジモンスターだとかの、コレクション型ゲームホビーにハマった俺としては、
昨今の子供たちの遊びに興味があったわけだ。
商品の謳い文句、「高性能磁力センサーで磁幽霊『ガウスト』を捕獲せよ!!」ってのがある。
この『磁幽霊』ってのが、(じゆうれい)と読ませて(自由霊)とひっかけているんだろうか。
こーゆーのは玩具を作るうえでの世界観なので、子供になじみやすいセンスなんだろうなぁ。
ガウストってのも磁力に関係するガウスからとってるわけだし。
んで、どーやって遊ぶのかというと。
ケータイに似た形状、サイズの玩具本体を、これまたケータイ電話を開くように透明な窓をオープンさせて、この窓越しに辺りをぐるりと見回してみる。
そーすると、この透明窓に、デジタル表示のキャラクターが現れる。これが『ガウスト』だ。
ガウストを見つけたら、窓の位置をそのまま動かさずに、本体にあるハンドルを回す。
ちょうど、釣竿のリールを巻き取るようなイメージだ。
うまくいくと、そのキャラクターを吊り上げて捕獲することができる。
玩具のシステムは、それを繰り返し、捕獲したキャラクターを育てたり戦わせたり餌にしたりアイテムにしたりして、よりレベルの高いキャラクターを捕獲するというものだ。
「あー、エサがもうねーな。・・・・・・釣るか」
朝っぱらから、俺のプレジャーガウストがチカチカ光りだした。
俺は、例によって、玩具をかざしながら部屋の中をぐるりと回り、必死こいてルアーを引き取るというアクションをする。
何度も言うが、今年で25にもなろうというだいの大人が、寝起きの寝癖で無精ひげもそのまんま、シャツとトランク一丁というみっともない姿で、
児童向け玩具を振り回す姿は、とても親兄弟には見せられない。ある意味オナニー見られるよりも恥ずかしい。
「カネ、貸してくれー」
親兄弟以上に見られたくない相手、友人の山岡がやってきた。
こいつは俺の高校時代からの腐れ縁で、今現在は無職。
オッスやオハヨウのかわりにカネカシテクレを挨拶にする、ダメ人間だ。
「ふざけんな」
いつもはその言葉を挨拶返しにしている俺だったが、今日ばかりは仕方がない。
恥ずかしいところを見られてしまったからな。
財布から二千円を抜き出して渡してやる。
もう返ってこないだろう。
「おまえ、なにやってんの?」
あきれて山岡が言う。
微妙に救いなのは、コイツのあきれている原因が、「いい年した大人が子供向けの玩具で・・・」という、俺が一番避けたい類のものではなく、
「プレジャーガウストなんて、何でいまさらそんな廃れた玩具で?」という、玩具おたくの所見である点か。
ちか、ちか、
「おい、なんか、本体がうっすら光ってるぞ。そんな機能あったっけ?」
山岡の指摘はごもっとも。
俺は、そのガウストからの『催促』に応じて、部屋の中から吊り上げたザコガウストを、本体のイケース(飼育用のエリア)に餌として投じてやる。
すると、本体を持つ俺の隣に、うっすらとした輪郭の少女が現れた。
「うわっ、なんだ、それ!!」
山岡は仰天した。当たり前だ。この玩具、普通に使っている限り、こんなことは起こらないからな。
俺の隣に現れた少女は、背景の透けて見える半透明、白い着物に三角の天冠(てんがん)と、典型的なビジュアルの幽霊だった。
おそらく十台前半の、ショートカットが似合う幼げな少女。
そんな幽霊少女が、俺の与えたザコガウスト・エンゼラー(天使に似たキャラクタ)を、頭からバリバリと食らっている。
食われたエンゼラーは、幽霊少女に磁力となって吸収されていく。
「これ、俺が捕まえたんだ。俺がこの部屋に引越しする前からずっと居着いていた自縛霊みたいなんだけどな」
俺が、美味そうにエンゼラーにかぶりつく少女の頭を軽くなでてやると、少女は俺に向かって、にっこりと微笑んだ。
パチッ
彼女に触れるとき、指先に軽い静電気が起こるのにも慣れてしまった。
俺が始めてこの玩具を手にしたその日。
部屋の中を何度かぐるぐる回っていくつかキャラクターを捕まえて、早速飽き始めたとき、馬鹿げた事を思いついた。
実際に居る、本物の幽霊に向けて使ってみたらどうなるのか。
案外、幽霊の磁場が影響して、レベルの高いキャラクターがゲットできるかもしれないな、などと不遜な考えを持ってしまった。
俺は小さいころから霊感があり、幽霊が見れる。
見れる、といっても、ホントに見れるだけなので、あまり使えた特技ではない。
御祓いやら浄化やら、そんなことには使えないのだが、見ることに関してだけは正確だった。
いわゆる見鬼というやつだろう。
だから、この部屋に引越しを決めるときにも、風呂場に女の子の幽霊が居ることはわかっていた。
特に害がないことと、結構かわいい外観だったから、気にしないことにした。
そして俺は格安の値段でこの部屋に住んでいる。
俺は、その玩具を持って風呂場へ向かった。
いつものとおり、風呂の傍に寂しそうな表情で突っ立っている白い着物姿の少女。
俺はその少女に玩具のスコープを向けた。
「別に害意はないからな、機嫌損ねないでくれよ・・・」
と、俺がかざした透明スコープのデジタル画面が、幽霊少女の姿を捉えたとき、意味のない液晶ドットの明滅が起こった。
俺は玩具が起こした予想外のアクションに、玩具を壊してしまった可能性、そして少女の幽霊を怒らせてしまったのではという不安を感じた。
しかし、玩具を通さない見鬼の『眼』で少女を見た俺は、特に変化がないように見える。
しばらくすると、スコープの窓に組み込まれた透明な液晶パネルが、キャラクターらしいものの形をとり始めた。
スコープの向こうに居る本物の幽霊少女に重なって現れたそのキャラクターは、簡単なドット表示ながらも着物を着た女の子に見える。
今まで見たことのないキャラクターだ。
まさか、という疑念が俺の中にわいた。
このキャラクターは、そこに居る女の子のことなのか?
俺は、その疑念を確かめるべく、実際に釣ってみることにした。
風呂場に居るから、水系のルアーがいいな、とか、万が一攻撃してきたときのパートナーガウストはコイツにして、とか、結構まじめにシステム通りに準備した。
そして捕獲開始。
ルアーがデジタル表示のキャラクターを捕らえると、驚いたことにパネル向こうの幽霊少女がこちらを向いた。
ただ見ることしかできなかった俺がどれだけ話しかけても今まで一度も反応なかった少女が、玩具のパネルを通して初めて俺を見た。
・・・かわいい。
いや、今までもわかっていたことだが、初めてその幽霊少女と目が合って、俺の胸はときめいてしまった。
このキャラクターを吊り上げることで、本物の幽霊少女はどうなってしまうのか、俺にはわからなかったが、不思議とルアーを巻き取る手はとまらなかった。
そして、捕獲は成功した。
チープな電子音で捕獲成功が告げられる。
『ジバクショージョ』
それがそのキャラクターの名前だった。
ヒネリがない。
そして、風呂場に居た幽霊少女は、その場から姿を消していた。
俺は、興奮に震える指先で玩具を操作し、捕獲したジバクショージョを飼育エリアへ保管した。
「・・・とまぁ、そういうわけなんだが」
俺は山岡に説明してやった。
調べてみたが、『ジバクショージョ』などというガウストは公式のどこにも存在せず、ネットの噂にもなっていない。
ほかに、通常のキャラクター同様、餌によって飼育できることや、レベルが上がるにしたがって、だんだん実体を持ち始めたこと、そしてかなり懐いてくれている事などをノロケ混じりに話してやった。
「・・・おれもほしい」
山岡が、子供のように指を銜えて俺に言う。
「阿呆。いっとくが、バス子は俺のだからな。絶対やらねぇ。」
バス子というのはこの幽霊少女の名前だ。
風呂で見つけたからバス子。俺もかなりヒネリがない。
俺がバス子をかばう様に抱きしめると、山岡は、ふん、と鼻を鳴らして言った。
「おれをなめるな。だれがそんな大人のガウストが欲しいもんか。おれは幼女型のガウストが欲しいんだ」
そうだった。
山岡は人間のクズだった。
「なぁ、おまえが以前おれの部屋に来た時、幼女の幽霊が居るって言ってたろ?」
確かに、ずいぶんと昔のことだが、山岡の家に貸した漫画を受け取りに言ったことがある。
そのときに、台所に立つ小学生低学年くらいの女の子の幽霊を見つけた。
山岡に話すと、幼女なら大歓迎、と怖がる様子も見せなかった。
「あー、いたな、確かに」
「その子を、俺のプレジャーガウストに捕獲してくれよ。俺がちゃんと育成するからさ、頼むよ」
こんなやつに小さな女の子を預けるのは少し不安だったが、昔っから小さな子供にだけは愛情を持ってたやつだからな。
案外大切に育ててあげるかもしれん。
「・・・仕方ないな。捕まえてみるけど、お前、プレジャーガウスト持ってんのか?」
「持ってないけど大丈夫、カネはある」
そういってポケットの財布をたたく山岡。
そこには、俺がさっき貸した二千円が入っている。
「阿呆。それは俺のカネだ」
やっぱヤメだ。
こんないい加減な奴に、幽霊とはいえ小さな女の子を預けるわけにはいかない。
俺は山岡を部屋から蹴飛ばして追い出した。
・
・
・
邪魔な奴を追い出した後、俺はバス子と交流を深めた。
要するにイチャイチャタイムである。
「なぁバス子、今日もアレ、頼めるか?」
俺がそういってバス子の頭のあたりを撫でてやると、顔を少し赤らめながらも、小さくうなずいてくれた。
ガウストを主食として育つ彼女は、まだレベルが低く、少々密度の高い空気程度の存在である。
しかし、何も感じないわけではない。
彼女に触れたときには、わずかな静電気を感じるし、わずかに低い温度や、密度の違いを感じることができる。
彼女に触れる自分の皮膚が、彼女の肉体と空気の境目を感じ取れることがうれしい。
彼女を触れることができる、という事実は、次の育成段階を期待させる希望である。
俺はその小さなあごのあたりを捉え、まだあどけない唇にキスをした。
まだ実体になっていない彼女の唇は、不思議な空気の圧力と小さな静電気で構成された、なんとも儚げなものだった。
俺のキスに、ぽう、と表情を惚けさせた彼女は、それだけで俺の琴線に触れてくる。
そして、彼女は、俺の股間に体を移動させる。
それに合わせて俺はズボンとパンツを脱ぎ去った。
空気のような彼女とのキス、それだけで限界まで勃起出来る俺は、ウブなのか、ただの変態なのか。
彼女は、俺の怒張に手を這わせる。
ぴり、と静電気が俺のペニスに走り、ひんやりとした空気がペニスをなぞる。
「く、」
俺は小さくうめいた。
かわいい少女が自分のペニスをしごいてくれる。(たとえ半透明のビジュアルでも)
そして小さな舌を這わせてくる。
そのたびに俺のペニスは、強弱つけた静電気と空気の密度、そしてひんやりとした温度の攻めで、限界に向けて駆け上がっていく。
「バス子、かわいいよ、・・・大好きだ」
俺が思わず呟いてしまった、そんな歯が浮く台詞に、彼女は嬉しそうに頬を染める。
その姿がまたかわいい。
そして、彼女が俺のペニスを口に咥え、亀頭全体があの密度の空気に包まれたとき、俺は射精した。
俺は、心地よい疲労感の中、顔を寄せてきたバス子の唇にキスをした。
・
・
・
半年後。
『ジバクショージョ』から『シルバージバクショージョ』を経て『ゴールドジバクショージョ』へとレベルアップしたバス子は、ほぼ完全に実体化することが出来、言葉も喋れるようになった。
そんな時。
久しぶりに山岡がやってきた。
その2へ続く。
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